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2008年11月22日 (土)

母の退院

20日に母が無事退院しました。

予定通り2週間で退院でき、今のところ術後全てが順調にきています。

感謝。感謝。優秀。優秀。

ただ、本人的にはまだ夜は痛み止めを飲まないと眠れないのにもう退院なんて早すぎると思っています。

心筋梗塞の苦しさを味わっているので、「ひとりで家に居る時にまた具合が悪くなってしまったら今度こそ死んでしまう」と言っています。

退院したくない大きな理由は「不安」のようです。

確かに、まだそろそろと家の中を歩くのが精一杯。

自分でご飯を作るのは無理そうなので、妹達と食事当番を決めて実家に通うことにしました。

痛みもあるし病院に居ると基本的にはベッドで寝ている生活なので、リハビリもなかなか思うように進まない状態でしたが、自分の家に帰ってくれば食事をするにも、テレビを見るにもダイニングに移動するので、飛躍的に運動量が増えているようです。

退院二日目の昨日はすでにベッドから起き出し、椅子に座ってテレビを見ていました。happy01

洗濯までして。(口には出さなかったけれど、オイオイやりすぎ!って感じ)

「本人が嫌がっているのに無理に退院させていいのか?」と妹達に疑問を投げかけられましたが、退院しなければ自然に無理なく運動量を増やすのは難しく、これ以上寝かせてばかりいると足腰が弱ってしまうのではないかと思い、主治医の勧め通り退院させて良かったと思っています。

「うちほどいい所はないんだから帰ろう」「ご飯だってカロリー制限はあるけれど、自分の好きなものが食べられるよ」「他人の臭いもいびきも寝言わめき声も気にしないでゆっくり眠れるよ」と説得して不満顔の母を退院させたのは正解でした。

これで、更に順調に体力を回復し、歩行距離も日に日に伸びるのではないかと思います。

母の退院にあたり、寝室を和室からダイニングの隣の洋室に変更してベッドにしました。

ダイニングがお気に入りなのでキッチンとダイニングを床暖房にします。

床暖房の工事が終わるまではとりあえずホットカーペットで暖かく。

冷えると痛みが出るだろうし、風邪を引かせては大変。

母の寝室入口には手指消毒用アルコールを設置して、外出用にウィルスの進入を防ぐマスクを用意するなど感染対策もして、万が一のための酸素吸入器O2パックも用意しました。

花が好きな母が家の中でも花が見られるようにと母の妹が胡蝶蘭をはじめ、たくさんの花を持ってきてくれました。

好きな花を眺め、妹と大声でたくさん話をして「退院して良かった」と思ってくれてるかな~?

病室では思うように話もできないですからね~。

田舎の人は声が大きいので、とっても気を使って話をしていました。

今日は弟が食事当番です。

素人でもレシピ通りに作れば簡単に糖尿病の治療食が作れる本をキッチンのカウンターに置いて、食事を作ります。

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普段殆ど調理をしない弟が調理に挑戦です。wink

これは母喜ぶんじゃないでしょうかね~。

家庭用のナースコールも設置して母と弟の寝室で双方向通信ができるようになっています。(まだ購入前のお試しですが)

物があふれかえっていてとても調理がしにくい状態だったキッチンも母や食事当番をする私達が使いやすいようにしました。

これが時間のかかる作業でここ数日は実家からの帰宅が2時くらい。

母が居たら絶対に触らせてもらえないエリアでしたから、退院してくる前に何とかしようと言うことになり、不用品の処分は入院当初からボチボチ進めていましたが、使いやすくするには更に工夫が必要なため、考え考え、時間がかかります。

まだまだ改善の余地はありますが、とりあえずはかなり作業がしやすい状態になりました。

ゴキブリさんの姿も見なくなり、衛生的にもバッチリかな。happy01

1週間もすれば母が自分でキッチンに立てるようになるかな~?

でも、このまま暫くは食事当番を続けて手術で頑張った母を甘えさせてあげてもいいかな~。

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2008年11月 9日 (日)

芋ほり&芋煮会

今日は実家の庭の里芋とさつまいもを掘って、掘ったお芋を使ってのっぺい汁と焼き芋、スイートポテトタルト、大学芋を作って試食しました。

入院中の母が「庭に植えた里芋とさつまいもが収穫の時期になったから取っておいてくれ」と言うので、妹弟家族が集まり、総勢17人で芋ほりをしました。

最年少はもうすぐ2歳のハミ。

お砂場遊び用のつなぎを着て、長靴に軍手姿で、やる気満々。

3歳の甥っ子と年明けに4歳になるハルも頑張ってお芋を掘ります。

掘ったお芋は水で洗って干しておくと長持ちすると言うことで、お芋掘りの後は芋洗い。

姪っ子達も楽しく芋洗いができた様子。

きれいに泥を落とした里芋を使ってのっぺい汁(けんちん汁かな~?)を外で炭火を起こして作りました。

そして焼き芋も。(^^)

芋ほりをする前に用意しておいたおにぎりと漬物とのっぺい汁でお昼ご飯です。

1升1号分のおにぎりがほぼちょうど良く無くなりました。

Photo 里芋美味しい♪美味しい♪の声。

「ばあちゃんの里芋みんなで美味しく頂きました。ご馳走様♪」

雨が降ってきちゃったので、デザートは部屋の中で食べることにしました。

さつまいもはあまり大きいのはなかったけれど、中くらいのお芋を使って、スイートポテトのタルトと大学芋を作って、こちらも好評につき、大学芋は2回作りました。(^^)

自分達で掘ったお芋はどんな風に調理しても美味しいんですね。(^^)

大人も子どもも楽しいイベントになりました。

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2008年11月 6日 (木)

心臓バイパス手術

昨日、母の心臓バイパス手術が無事終わりました。

9月30日の早朝3時過ぎから気持ち悪くてトイレに座り込んで夜が明けるのを待っていたらしいんです。

7時前に布団に戻り、弟が起きてきたので、具合が悪いことを伝えたら、水でも飲んでみたら?と言われて、水を飲んでもまだ具合が悪いどころか、吐き気がして前日食べたものを全て吐いてしまった。

弟が2階に住んでる妹に連絡して、母が具合悪いので病院に連れて行って欲しいと言って出勤。

妹がすぐに降りてきて、病院に行く仕度を始める。

母が救急車は呼ばなくていいと言うので、かかりつけの病院へ妹の車で行くことにして、車の準備をしたら、様態が悪化して呼吸が苦しくなってしまい、今度は救急車を呼んでくれと言う。

生憎、救急車が出払っていて、消防車が来て酸素マスクで応急処置をしてくれ、王子の救急車が30分後に到着。

かかりつけの病院では受け入れできないと言う事で、受け入れ先を救急隊の方が探してくれて、結局偶然にも私の家から徒歩3分の循環器専門の病院に搬送されてきた。

妹が病院へ連れて行こうとしている時からメールのやり取りをしていて状況がわかっていたので、救急車到着予定時間に救急車入口に行った。

12時近くに病院に到着して、すぐにICUに運ばれ、医師から検査及び治療の説明があり、病院到着の10分後には検査室へ入って行った。

検査だけなら30分、治療が必要なら1時間以上かかると看護士さんから聞き、心筋梗塞の冊子を渡された。

急性重症心筋梗塞と言う病名だった。

30%の人は病院に到着する前に命を失ってしまうらしく、とても危ない状態だったことを知ったが、幸いにもスタッフの素早い対応とステント治療により一命を取り留めた。

今思えばどうして具合が悪くなった3時にすぐに弟を起こして伝えなかったかと思うのだが、「仕事なのに寝てるのを起こすのは悪い」し、そんなに命に関わるほどの状態だとは本人も思っていなかったらしい。

前日母に会った時に、「最近心臓が痛いんだ」「階段を登ると息切れするんだ」「体重が3キロくらい増えて太ったからかな」と言っていたのを聞き流していた自分も悪かったと反省している。

母はそれまでも良く同じような事を言っていたので、聞きなれている私は「またいつもと同じようなことを言っている」と思い、「具合悪いなら病院に行ったほうがいいよ」「糖尿病のくせにまた食べ過ぎてるんでしょう」「ちゃんと食事療法をしないと血管ボロボロになっちゃうんだからね」と言って(これもまたいつもの私の母に対する小言のようなものなのですが)帰って来てしまった。

母の表現がいつもと同じなので、私も弟も「いつもと同じ」と思ってしまった。

体の状態の変化を察知するのって実は難しいんですね。

日常的に愚痴のような感じで症状を聞いていると「いつもとは違うって」強く主張してもらわないとわからない。(><

ほんとに、反省するところたくさんです。

生きていてくれるからまだ反省が次に活かせるからいいけど。。。

元々糖尿病があるため、今回詰まった血管以外の2本もかなり細くなっていて今にも詰まりそうな様子であることがカテーテルによってわかりました。

そこで、残り2本の血管はバイパス手術により、抹消血管への血流を確保することになり、昨日のバイパス手術となった訳です。

幸い、うちから車で20分のところに心臓バイパス手術で有名な病院があったため、主治医の先生に紹介状を書いてもらい、転院して転院先で手術をしました。

転院当初は10月24日の手術が予定されていましたが、糖尿病の状態が良くないと手術の際のリスクが高くなる(死亡率が通常の2倍になる)と言うことで、ヘモグロビンA1Cの値が6.5になるのを待って手術をすることになり、延期。

ヘモグロビンA1Cは約1~2ヶ月前の血糖値の様子を反映してくれる糖尿病管理をする上でとても大事な数値なのだそうです。

入院する前はかかりつけ医の言うこともそしてもちろん私の言うことも聞かず食べ過ぎの状態にありましたから、当然血糖値も高く、従ってそのころの血糖値の状態を教えてくれるヘモグロビンA1Cの値も8を超える高さ。(><

そこで、食事療法とインシュリンで血糖値を適切に管理することを続け、やっと昨日手術ができる状態になり、無事手術ができたのです。

糖尿ってホントに怖いですよ!!

初期は痛くも痒くもありませんから、油断しがちですし、母のように自分勝手な理屈で食事療法をしたり、インシュリンを拒んだりしていると、血管が詰まり、ボロボロになり命を落とすことにもなりかねません。

食事はファッションではなく、娯楽でもない。

健康に生きるための食事と言うものを心がけることをもう一回しっかりと再確認しなければと、退院後の母の食事療法についてあれこれ考えながら強く思っているところです。

手術が終わって、麻酔が覚め、自呼吸ができるようになり人工呼吸器が外され、話ができるようになりホッとしましたが、昨夜は病院からの緊急連絡がありませんようにと祈るような気持ちで携帯電話を抱いて寝てました。

実は、糖尿病患者は術後の管理もかなり大変で、傷口がふさがりにくく出血したり、感染症を起こしたりと、まだまだ油断はできないのだそうです。

手術前に看護学校に通っている友達にアドバイスをもらい、母に教えたことが3つあります。

●麻酔が覚めたら腹式呼吸を頑張ること

●痰はためずにたくさん出すこと(そのために自分の手の届くところにティッシュを置く)

●足の血管が詰まらないように足先だけでも動かせるようになったら動かすこと

母は私の顔を見たら思い出したらしく、腹式呼吸をして、人工呼吸器が外れる前から一生懸命足先を動かして頑張りをアピールしていました。

きっと大丈夫。

このまま回復に向かってくれる。

そして100歳まで生きられる心臓になって返ってくる。

そう思って今日の面会時間が来るのを楽しみに待っているところです。

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